HOME >  医院案内 >  症例紹介 >  症例紹介30/Uさん「下顎骨右側偏位を伴う 叢生歯列 両突歯列 鋏状咬合」

症例紹介30/Uさん「下顎骨右側偏位を伴う 叢生歯列 両突歯列 鋏状咬合」

BACK

Uさん「下顎骨右側偏位を伴う 叢生歯列 両突歯列 鋏状咬合」

初診時の診断:「下顎骨右側偏位を伴う 叢生歯列 両突歯列 鋏状咬合」

今回は骨格性の右側偏位と鋏状咬合を抜歯による矯正治療で改善したUさんの治療経過を解説します。

※以下より画像をクリックすると大きい画像が見れます。

■初診時

現症および主訴

歯並びというよりは、ものが噛みにくいこと、肩が凝ることが噛み合わせによるものではないかと考え、矯正治療による噛み合わせの改善を希望されました。初診時17歳10ヵ月。

顔貌所見

正貌において、下顎骨の右側偏位、左右の非対称性を認めました。口唇閉鎖時の口腔周囲の緊張感や側貌における軽度突出感を認めました。

初診時 顔貌初診時 側貌

口腔内所見

上顎の叢生(歯の重なりや捻れ)は軽度でしたが、上顎の歯列弓形態は左右非対称で右側に湾曲していました。右側はアングルII級、左側はアングルI級の非対称な臼歯関係でした。下顎歯列は前歯部の叢生が顕著で左右大臼歯部が舌側に傾斜し、左側臼歯部は鋏状(はさみじょう)咬合となり、きちんと食べ物が噛めない状態でした。噛めないことによる影響で口腔内には多量のプラーク(細菌の塊)が蓄積し、歯肉が腫れて広範囲の歯肉炎を発症しており、口腔衛生状態は良好ではありませんでした。

*鋏状咬合:すれ違い咬合とも呼ばれ、上下の歯の咬合面が接触するのではなく側面が接触する咬合様式。加齢とともにすれ違いが大きくなり、改善するのが難しくなる。

初診時 上顎

初診時 右側初診時 正面初診時 左側

初診時 下顎

▲	プラークが蓄積して歯肉炎が起きている上下顎前歯
▲ プラークが蓄積して
歯肉炎が起きている上下顎前歯

▲	鋏状咬合によりプラークが蓄積している上顎左側6番
▲ 鋏状咬合によりプラークが
蓄積している上顎左側6番

X線写真所見

側面頭部X線規格写真(セファロ)により、上顎骨と下顎骨の前後的な位置関係は、上顎骨に対して下顎骨がやや後方に位置していて、鋏状咬合により臼歯部の高さが本来の高さより減少し下顔面高が短くなる傾向を認めました。

正面セファロでは下顎骨が右側に偏位する傾向を認めました。上下顎骨の歯の並ぶ前後的な奥行きはそれほど無く、上下顎前歯は唇側に位置し軽度の口唇突出感の原因と考えられました。パノラマX線写真では、上下顎左右に第3大臼歯(親知らず)の埋伏を認めました。

▲埋伏している第3大臼歯
▲ 埋伏している第3大臼歯

唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、むし歯の原因菌であるミュータンス菌が多く、歯の磨き残しが多く、唾液の分泌量も少なく、むし歯を予防することが難しい症例と考えられました。また、歯周病のリスクとして17歳にもかかわらず歯肉からの出血が多く、今後は成長とともに歯周病リスクが上昇する可能性が高いと考えました。

特記事項

特記事項はありませんでした。

■治療方針

上下顎前歯の後退、叢生の改善、大臼歯部の舌側傾斜は顎骨に対して歯が大きいことが原因であるため、顎骨内に歯を動かすためのスペースを確保するために上下顎第1小臼歯(4番)を抜歯してスペースを確保することとしました。

下顎骨の偏位を改善するためには外科手術が必要ですが、手術の負担が大きいため本症例では選択しませんでした。下顎骨が右側に偏位しているために右側の臼歯関係がアングルII級となっているので大臼歯の固定の強さを左右非対称にして左右ともにアングルI級にして左右対称の咬合関係に改善すること、鋏状咬合の改善はレクトワイヤー(角ワイヤー)と顎間ゴム(クロスエラスティック)によって改善することとしました。

下顎の大臼歯が舌側に傾斜しているため、治療開始は上顎にのみ装置を装着し、上顎の歯列がある程度配列されたら下顎にも装置を装着することとしました。動的治療期間は約30ヵ月を予定しました。口腔衛生状態が不良で歯肉炎が顕著であったため、初期治療により口腔衛生状態と歯肉炎の改善を行ってから矯正治療を開始することとしました。

■ 動的治療開始時

矯正装置を装着する前の初期治療により歯面にこびりついたバイオフィルムをPMTC、スケーリングにより除去し、フッ素塗布による歯質の再石灰化、適切なブラッシング方法の指導により口腔内のバイオフィルムを除去し、再評価により歯肉の炎症が減少したことを確認して矯正治療を開始しました。

再評価時(初期治療後)の上顎前歯
再評価時(初期治療後)の上顎前歯

再評価時(初期治療後)の上顎左側6番
再評価時(初期治療後)の上顎左側6番

装置装着時(動的治療開始時)

小臼歯抜歯後に動的治療を開始しました。

動的治療開始時 上顎

動的治療開始時 右側動的治療開始時型 正面動的治療開始時

動的治療開始時 下顎

顎間ゴム(クロスエラスティック)装着時:動的治療開始から18ヵ月

顎間ゴムとレクトワイヤーで下顎大臼歯の舌側傾斜を改善し、鋏状咬合を改善している。

顎間ゴム(クロスエラスティック)装着時:動的治療開始から18ヵ月 右側顎間ゴム(クロスエラスティック)装着時:動的治療開始から18ヵ月 正面▲	鋏状咬合の改善にクロスエラスティックを使用

フォーサス装着時 動的治療開始から34ヵ月

右側のアングルII級を改善するために上顎大臼歯を後方(遠心)に下顎大臼歯を前方(近心)に移動するためにフォーサスを装着した。

▲ 右側臼歯関係のアングルII級を改善するためにフォーサスを使用フォーサス装着時 動的治療開始から34ヵ月 正面フォーサス装着時 動的治療開始から34ヵ月 左側

■ 動的治療終了時

動的治療期間および保定期間

動的治療期間は約38ヵ月でした。この間の調整回数は40回、平均的な来院間隔は1.0ヵ月でした。無断キャンセルなどによる長期の中断などはありませんでしたが、右側の臼歯関係アングルII級を改善するのに時間がかかってしまいました。保定期間は24ヵ月を予定し現在は保定中です。

顔貌所見

動的治療後の評価では、上下顎前歯の後退により側貌における口唇突出感や口唇閉鎖時の緊張感は改善し、口元の良好なバランスを得ることができました。大臼歯部の鋏状咬合が改善され正常な咬合に改善されたことで下顎は僅かに下方に回転しました。

動的治療終了時 顔貌動的治療終了時 側貌

口腔内所見

左側の鋏状咬合は改善され正常な咬合となり、きちんと噛める状態に変化しました。左右の臼歯関係はアングルI級となり左右対称の咬合を得ることができました。上下歯列の正中は一致し、咬合平面も平坦化されすべての歯が均等に接触するバランスの良い咬合を得ることができました。これまでの歯肉炎により歯頸部歯肉は肥厚していますが、炎症は認められず良好な状態でした。

動的治療終了時 上顎

動的治療終了時 右側動的治療終了時 正面動的治療終了時 左側

動的治療終了時 下顎

X線写真所見

動的治療後の評価では、パノラマX線写真所見において、明らかな歯根吸収や歯槽骨吸収などを認めませんでした。下顎が右側に偏位していることで、下顎右側の犬歯から前歯にかけてやや左側に傾斜させて仕上げています。8番(親知らず)は徐々に萌出してきていることを確認しましたので、保定期間中に抜歯が必要だと考えています。セファロX線写真の重ね合わせにより、上顎前歯の後退と、下顎の大臼歯が近心に移動して抜歯スペースが閉鎖したこと、前歯の後退により口唇が後退して突出感が改善したことがわかりました。鋏状咬合が改善されて大臼歯部の高さが正常に変化したことで、下顎骨が下方に回転しています。

パノラマX線写真

パノラマX線写真:▲	萌出してきた第3大臼歯(親知らず)
▲ 萌出してきた第3大臼歯(親知らず)

動的治療開始から保定終了までのセファロの重ねあわせ

セファロの重ねあわせ

■ う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較

う蝕のトータルリスク比較

う蝕のリスク合計は動的開始時唾液検査「14」→保定開始時「9」と減少し安定しました。これは、歯の磨き残しであるPCRやフッ素の使用状況の改善によりう蝕の原因菌が減少しリスクが減少したこと、接触する歯の本数が増加し噛み合わせが安定したことにより咀嚼機能が向上し、唾液の分泌量が増加したためと考えられました。

う蝕のトータルリスク比較

歯周病のトータルリスク比較

歯周病のリスク合計は動的治療開始時「7」→保定開始時「3」と減少し安定しました。磨き残しが減少し歯肉炎の改善による歯肉からの出血が減少したことが歯周病のリスクを減少させた要因と考えられました。矯正治療中や治療後に歯周病の進行は認められませんでした。20代の後半から歯周病のリスクはさらに上昇していくので、今後もメインテナンスを継続する事で歯周病のリスクを低い状態で維持する予定です。

歯周病のトータルリスク比較

PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)

PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)

  • PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)
  • BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)
  • 4mm以上の歯周ポケット
    (歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)

5分間刺激唾液分泌量の比較

5分間刺激唾液分泌量の比較
5分間の刺激唾液量

鋏状咬合の改善とプラークの蓄積量の変化

鋏状咬合により咬合が不安定になっている場合には、きちんとした咀嚼が出来ず唾液の流れが悪くなります。このような場合は、唾液の流れによりプラークを除去する力が減少してしまうため細菌が容易に増殖してプラークはたまりやすくなってしまいます。鋏状咬合を改善したことによって咀嚼能率が上昇し、唾液の分泌量は2倍になりプラークも蓄積しづらくなり口腔衛生環境は改善されました。

初診時:鋏状咬合(プラークの蓄積が顕著で歯肉炎も起きている)
初診時
鋏状咬合(プラークの蓄積が顕著で
歯肉炎も起きている)

動的治療終了時:正常咬合(プラークの蓄積は認めず歯肉炎も改善している)
動的治療終了時
正常咬合(プラークの蓄積は認めず
歯肉炎も改善している)

■ 考察

本症例のUさんは上顎前歯の歯並びはデコボコしたり捻れたりしていないので、一見歯並びや噛み合わせには問題の無いように見える症例です。しかし、大臼歯は舌側に倒れてしまい、咬合は極めて不安定でそのために唾液の分泌量も5分間で2mlと非常に少なく、歯に付着する細菌も広範囲にわたり、むし歯や歯周病のリスクが非常に高い状況でした。このような症例は、10代のうちに口腔内の問題に気がつかず、年齢を重ね、むし歯や歯周病が進行し重篤化する30代40代で噛み合わせを治さないと、むし歯や歯周病の治療も上手くいかない状況に陥ってしまい、どんどん歯を抜かなければならなくなったり、歯をたくさん削らなければいけなくなります。Uさんは日頃の肩こりや野菜が噛み切れないことなどから噛み合わせの異常を疑い10代のうちに矯正治療を開始されたので、このようなきちんとした噛み合わせを手に入れることが出来ましたが、さまざまな問題が発生する30代や40代になってから矯正治療を始めた場合には歯を動かす治療期間がもっと必要になったり、むし歯や歯周病が進行し治療結果は現在の結果よりもっと質の低いものになってしまう可能性があるのです。

一方、大臼歯が舌側に倒れ始めたのは第1大臼歯が萌出する6〜9歳頃と推測され、その時期から噛み合わせの改善のための矯正治療を開始したり、メインテナンスを始めていれば、むし歯や歯肉炎を予防できました。したがって、もっと早い時期に管理を開始していればきれいな歯並びとよく噛める噛み合わせをもっと早い時期に手に入れられ、むし歯や歯肉炎も予防できたと思われます。

Uさんのように歯並びや噛み合わせの治療は何歳でどのような対応をすれば良いかの判断は治療経験が豊富な矯正歯科医でなければ困難で、経験の少ない歯科医師による判断では無理に早すぎる治療になったり、重篤化してからの治療となってしまいます。また、むし歯と歯周病の予防は永久歯の生えてくる以前からメインテナンスを開始することで大きな効果を発揮します。本症例のもっとも理想的な管理方法は永久歯萌出前にむし歯と歯周病予防を徹底して行い、歯並びや噛み合わせの問題が現れ始める6~9歳の頃に治療を開始する方針と考えられましたが、10代のうちに矯正治療を開始してくれたことで次に最良の方法で治療ができたと考えられました。


BACK

永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安

治療内容
オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
治療に用る主な装置
マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
費用(自費診療)
約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額
通院回数/治療期間
毎月1回/24か月~30か月+保定
副作用・リスク
矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。