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症例紹介34/Aさん「上突咬合 上突歯列 叢生歯列弓 下後退顎」

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Aさん「上突咬合 上突歯列 叢生歯列弓 下後退顎」

上顎のみ抜歯治療を行った成長期の上突歯列症例
初診時の診断:「上突咬合 上突歯列 叢生歯列弓 下後退顎」

今回は、9歳の時に上顎前歯の叢生(乱杭歯)の改善を主訴に来院し、経過観察を経て上顎のみ抜歯による矯正治療を行った患者Aさんについて解説します。

※以下より画像をクリックすると大きい画像を見ることができます。

■初診時

現症および主訴

9歳の時点で上顎前歯が唇側に突出しながら萌出し叢生である事を不安に思い来院されました。

顔貌所見

正貌において左右の非対称性を認めず、側貌において、下顎の後退感口唇閉鎖時の軽度緊張感口唇の突出感を認めました。

初診時 顔貌

初診時 側貌

口腔内所見

上顎前歯が唇側に傾斜し突出し、上下顎前歯部に叢生を認め、前歯の被蓋関係はやや深い過蓋咬合(前歯の重なる量が多い)の傾向を認めました。臼歯関係は左右ともにAngle class IIで上顎歯列に対して下顎歯列が後方に位置する傾向を認めました。臼歯関係がAngle class IIである原因は骨格的に下顎骨が後退しているためと思われました。

まだ永久歯は完全に萌出しておらず(永久歯は前歯と第1大臼歯のみ)、乳歯と永久歯の混在する混合歯列期でした。

初診時 上顎

初診時 右側初診時 正面初診時 左側

初診時 下顎

X線写真所見

側面頭部X線規格写真(セファロ)により、上顎骨と下顎骨の前後的な位置関係は下顎骨が後方に位置し、上下顎骨の歯の並ぶ前後的な奥行きはあまりなく、上顎前歯は唇側に傾斜することで口唇突出感の原因となっていることがわかりました。下顎骨は筋肉のつく部位(下顎角部)がしっかりしているものの頭蓋に対して下顎骨がやや後方に位置している傾向を認めました。パノラマX線写真では、まだ萌出していない永久歯は先天欠如することなく存在し、上下顎左右親知らずの歯胚(歯のもと)を認めました。

初診時 X線写真所見
初診時パノラマ は乳歯 は親知らずの歯胚

唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、歯の磨き残しが多く、むし歯の原因菌であるミュータンス菌も認め、むし歯のリスクはやや高い傾向を認めました。歯周病のリスクである歯肉からの出血は永久歯である第1大臼歯の隣接面で認められました。

経過観察方針

大臼歯関係はAngle class IIで上下顎歯列の前後的なズレの原因は上下顎骨の骨格の前後的なズレによるものであると診断しましたが、このようなズレを改善するための成長の抑制や促進に効果的な方法はないと考えました。また、前歯部の叢生は上下顎骨の大きさに対して歯が大きすぎることが原因であり、顎骨を大きくして歯を並べようとしても顎骨を大きくすることができず効果がないと考えました。

したがって、現時点では積極的な矯正治療の介入は必要なく、永久歯列が完成し顎骨の成長がある程度予測できる頃、かつ学業と矯正治療による通院のバランスがとれる時期を考慮して矯正治療を開始することが適当と考え、それまでは永久歯の正常な萌出と、う蝕の予防を行うためのメインテナンスをしながら経過観察を行う方針としました。

■動的治療開始時

11歳8ヵ月まで経過観察を行い、上下顎ともに第1大臼歯までの永久歯が萌出した段階で検査を行いました。

初診時同様に、上下顎骨は前後的に成長したものの上顎骨に対して下顎骨の相対的な位置は後方のままの成長であり、下顎骨は頭蓋に対して後方に成長していく傾向も認めたため、上顎は叢生の改善および前歯の後退のために上顎の小臼歯(左右4番)のみの抜歯によりAngle class II仕上げの咬合とする矯正治療を行う方針としました。動的治療期間は約30ヵ月と予想しました。下顎を非抜歯により治療するために下顎前歯の叢生は下顎前歯を唇側に傾斜させることで改善することとしました。

懸念事項として下顎第2大臼歯は上顎大臼歯と半咬頭での咬合となること、顎骨の成長量が少ないと下顎骨は非抜歯で歯が並ぶスペースが不足し、下顎第2大臼歯の遠心部が歯肉に埋伏してしまう可能性があることをAさんと保護者の方に説明し治療に入りました。

顔貌所見

動的治療開始時 顔貌

動的治療開始時 側貌

口腔内所見

動的治療開始時 上顎

動的治療開始時 右側動的治療開始時型 正面動的治療開始時 左側

動的治療開始時 下顎

X線写真所見

動的治療開始時 X線写真所見
動的治療診断時 は親知らずの歯胚

動的治療開始時 X線写真所見
経過観察期間中の成長による上下顎骨の変化

予測模型

予測模型 上顎

予測模型 右側予測模型 正面予測模型 左側

予測模型 下顎

■動的治療開始時

過蓋咬合であるため上顎にのみ装置を装着して矯正治療を開始しました。

動的治療開始時 上顎

動的治療開始時 右側動的治療開始時 正面動的治療開始時 左側

動的治療開始時 下顎

■ 動的治療終了時

動的治療期間および保定期間

動的治療期間は予想の30ヵ月より長い32ヵ月の期間がかかってしまいましたが、この間の調整回数は29回、平均的な来院間隔は1.1ヵ月でした。途中でキャンセルが続き、来院間隔が長くなってしまったことで治療期間が長くなってしまいましたが、診療回数は予定通りで動的治療を終えることが出来ました。保定期間は24ヵ月を予定し、現在は保定中です。

顔貌所見

動的治療後の評価では、上下顎前歯の後退、鼻骨・オトガイ部の成長によりE-lineが前方に移動し、総合的に口唇突出感や口唇閉鎖時の緊張感は改善し、口元の良好なバランスを得ることが出来ました。

動的治療終了時 顔貌

動的治療終了時 側貌

口腔内所見

臼歯関係は左右ともにAngle class IIとなり、上顎のみ左右4番を抜歯しているので上下歯列の前後的なズレは解消されました。下顎左右7番の咬合も予測模型とほぼ同様の状態で上顎大臼歯と半咬頭での咬合となりましたが安定しており、右側7番遠心部は僅かに埋伏しています。

動的治療終了時 上顎

動的治療終了時 右側動的治療終了時 正面動的治療終了時 左側

動的治療終了時 下顎

X線写真所見

動的治療後の評価では、パノラマX線写真所見において、全顎的な歯根吸収や歯槽骨吸収などを認めませんでした。セファロX線写真の重ね合わせにより上顎前歯の後退、鼻骨・オトガイ部の成長により口唇が後退して突出感と緊張感が改善したことがわかりました。また、下顎骨の成長は起きたものの頭蓋に対して後方に移動し上下顎骨の前後的なズレを改善するには不利な成長だったことがわかりました。パノラマX線写真により親知らず(8番)が形成されてきたことがわかります。

パノラマX線写真 デンタルX線写真

パノラマX線写真 デンタルX線写真

動的治療開始から保定終了までのセファロの重ねあわせ

動的治療開始から保定終了までのセファロの重ねあわせ

動的治療前後の比較

動的治療開始時 正面
動的治療開始時 右側
動的治療開始時 左側
動的治療開始時 上顎
動的治療開始時 下顎

動的治療終了時 正面
動的治療終了時 右側
動的治療終了時 左側
動的治療終了時 上顎
動的治療終了時 下顎

■ う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較

う蝕のトータルリスク比較

う蝕のリスク合計は初診時唾液検査「13」→動的治療開始時「7」→保定開始時「7」と低い状態で安定しました。SM菌は減少して安定し、唾液分泌量が増加し緩衝能も高くなりリスクが減少したものの、プラークの蓄積量(みがき残し)が増えてきてリスクが増加する気配を感じるので保定期間中に、より徹底したブラッシングの指導を行っていきます。

う蝕のトータルリスク比較

歯周病のリスク比較

歯周病のリスク合計は初診時「4」→動的治療開始時「1」→保定開始時「3」と減少し安定しました。矯正治療後に大臼歯を中心とした点状の歯肉出血が認められた事で歯肉炎と判断しリスクが上昇しています。これから、口腔内の環境がより成人に近くなっていくと歯肉炎から歯周炎になるリスクが高まりますので保定期間中に歯周病予防の指導を徹底していく必要があると考えます。

歯周病のトータルリスク比較

PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)

PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)

  • PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)
  • BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)
  • 4mm以上の歯周ポケット
    (歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)

5分間刺激唾液分泌量の比較

5分間刺激唾液分泌量の比較
5分間の刺激唾液量

う蝕と歯周病の合計リスクの変化

5分間刺激唾液分泌量の比較

1.動的治療開始時SM菌

動的治療開始時SM菌

2.動的治療開始時SM菌

動的治療開始時SM菌

3.動的治療終了時SM菌

動的治療終了時SM菌

■ 考察

Aさんの症例では、歯並びが悪いと思われた時期に治療を開始せずに経過観察を行う方針としました。理由は以下の2点によるものです。

第1に、現在のさまざまな研究で顎の大きさや位置をいかなる矯正器具を使用したとしても思い通りにコントロール出来るとは証明されていません。床矯正や非抜歯矯正に代表されるようにこの時期に下顎を大きくしたり広げようとする治療を行ったとしても生涯にわたって安定させることは出来ずに小児期の矯正治療が時間やお金の無駄になってしまう場合がほとんどです。したがって、私たちはAさんに最小限の負担で確実な矯正歯科治療を行うために矯正治療開始時期は永久歯列のおおよその完成と成長の落ち着き始める時期としました。そのため、この時期は積極的な矯正治療は行わず注意深い観察下に入っていただくこととしました。

第2に、生涯にわたって歯を守るために最優先すべきは、むし歯と歯周病から歯を守ること、そのために萌出し始めた幼弱な永久歯をむし歯と歯周病の原因菌から守り、フッ化物により歯質を強化すること、むし歯や歯周病のリスクを把握しコントロールしつづけることが大切であると考えたため矯正歯科治療開始までの経過観察期間中は永久歯を強くするためのメインテナンス期間と考えました。

患者さんや保護者の方にとって歯並びに不安を感じ治したいと思った時期に治してもらえないことを不満に感じる方もいらっしゃるのですが、Aさんや保護者の方は私たちの考えをしっかり理解して頂くことが出来、経過観察とメインテナンスに通っていただくことが出来ました。結果として、無駄な小児期の治療は行わず予想通りの矯正歯科治療により綺麗な歯並び、きちんとした噛み合わせ、むし歯と歯周病のリスクの低い口腔内の環境を手に入れることが出来たと思われます。

しかし、Aさんの歯を生涯にわたり守るためには、これだけでは十分ではありません。これから、成長や生活環境によりさまざまな問題が生じます。具体的には、以前むし歯になって修復されてしまっているレジン充填部分の2次う蝕(むし歯の再発)になるリスク、半埋伏している第2大臼歯に細菌がたまりやすくなり、むし歯や歯周病になるリスク、親知らずの萌出による歯並びの変化、年齢とともに高まる全体的な歯周病のリスク、受験や学業の忙しからの体調不良などによる歯周病などです。保定期間中はリテーナーの管理をしながらメインテナンスをして歯を守っていきますが、リテーナー終了後もメインテナンスを継続しなければ生涯にわたり歯を守ることは困難です。私たちの目標はAさんの歯を生涯にわたり守ることなので、矯正歯科治療が完了した後もメインテナンスで歯を守っていきます。


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永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安

治療内容
オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
治療に用る主な装置
マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
費用(自費診療)
約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額
通院回数/治療期間
毎月1回/24か月~30か月+保定
副作用・リスク
矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。