| まず、矯正歯科において手袋の着用が法的に義務づけられている、ということはありません。あるのは、CDC(米国疾病管理予防センター)のガイドラインにそった「歯科臨床における院内感染予防のための指針」であって、どこまで遵守するかは医院の自主性に任せられています。長文のガイドラインの一節にご質問に関する事項があります。 (以下) 血液曝露とくに経皮的曝露を減らすための予防対策として、 1)鋭利な器具の慎重な取り扱い 2)血液の飛散を最小に止めるためのラバーダムの使用 3)手洗い 4)バリアの使用(例:手袋,マスク,保護眼鏡,ガウン) と謳(うた)っています。
ここで注意して頂きたいのは、ガイドラインの主旨は歯科医療に従事する者(歯科医師、歯科衛生士、歯科助手、歯科技工士、歯科事務など)達を、感染から守るための指針であって、CDCでは「歯科医療従事者から患者へ血液媒介感染が広がる可能性は、極めて少ない」としていることです。 つまり、桜子さんのいう<感染の心配など、最近頓に言われているのに何故>といわれますが、どんな感染症を持っているか分からない不特定多数の患者から、医療従事者を守るための手段の一つとして、手袋をはめ、マスクをし、防護眼鏡をかけ、白衣を着用しないさい、とガイドラインは勧告しているのであって、手袋の着用は、歯科医師側が患者から感染するのを防ぐ、というのが本来の意味です。
手袋にも問題がないわけではない、という意味で付け加えますが、手袋には素材がいくつかりますが、ラテックス(ゴム)製のものは、その独特の匂いを嫌う患者がいること、ラテックスにアレルギーがある人は稀ではなく、ひどい場合にはアナフィラキシー・ショックを起し救急車で運ばれたという事例を、先日実際に聞きました。また、塩化ビニール手袋などの一部には、環境ホルモン作用が疑われる化学物質フタル酸ジエチルヘキシルが含まれていることが確認され、厚労省が労働安全衛生法に基づいて、製造元に製品管理の勧告を出したりしています。 また、手袋にはいくつか種類があって、(外科)手術用の手袋と異なり、一般診察用手袋はそのままでは消毒されていませんから、診療に際して消毒液で手袋をはめた手を洗う分けですが、素手の場合ほど消毒は厳密ではないのが実状かと思います。 一般歯科治療に手袋の着用がうるさく言われ出したのは、いうまでもなくHIV(エイズ)が広がり出してからです。加えてB型、C型肝炎ウイルスの感染が血液はもとより唾液からの感染の恐れもあって、医療従事者側が新たな防御体制をとり始めたのがCDCのガイドラインというわけです。
前書きが大分長くなりましたが、矯正医である私が手袋を着用するようになったのは極く極く最近です。着用し出した理由は、桜子さんのような考え方の存在という時代背景からですが、色々なメーカーの物を試しても、手にフィットする満足なものはなく、ワイヤの屈曲やタイイング(結紮)という矯正歯科特有の繊細な作業に、手袋はいかにも邪魔で煩わしいというのが本音です。 手袋の代わりに手をコーティングする薬剤(USA製)を使用していたことがありましたが、患者さんにはとっては素手でしかありませんので、目に見える形の衛生的姿勢として今後手袋不要論が出るはずもなく、手袋だけでなくやがては帽子も被れ、ゴーグルも掛けろという時代になるのでしょうか。そうなると、歯科の診療室は手術室並の構造と衛生管理が求められることになりそうです。
回答としてではなく極めて個人的な意見を言えば、純粋に矯正歯科治療だけの医院であれば、観血的な処置(出血をともなう処置)はまずないので、手指の十分な消毒に心掛ければ手袋はしなくていい、と思っています。ただし、患者さんがどう思うかは別で、納得してもらえればの話ですが。
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