初診時の診断:「上突咬合、両突歯列」
症状は上顎歯列が下顎歯列に対して前方に位置するAngle class II 上突咬合(上顎前突)で上下顎前歯の重なりが大きい過蓋咬合を呈しています。抜歯による矯正治療をおこない、保定完了(リテーナー終了)しています。初診時22歳。
■ 現症
顔貌所見
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側貌において、上下顎骨の前後的な位置に大きなズレはなく、鼻やオトガイの高さもあるため口唇の突出感はわずかでしたが口唇閉鎖時の緊張感を認めます。下顔面が短い傾向も認めました。
口腔内所見
上下顎前歯部に叢生を認め、犬歯臼歯ともに上顎歯列が下顎歯列に対して前方に位置するAngle class II (特に右側は強いAngle class II )の傾向を認めます。むし歯の治療による修復が多数の歯に施されていました。
X線写真所見
パノラマX線写真により第3大臼歯(親知らず →)の埋伏、歯根の湾曲および短根をみとめました。特に右上5番(○印)の歯根は短い傾向を認めました。
唾液検査結果
修復した歯は多いものの、むし歯の原因菌は少なくその他のリスクも低かったため、メインテナンスをしっかりとおこないホームケア(ブラッシング方法やフッ素の使用方法)の指導をおこなえばむし歯の進行は最小限にできると考えました。修復物には辺縁不適合による着色も認められましたが二次う蝕が発生した場合に増殖するLB菌が増殖していなかったため積極的再修復をおこなわずホームケアの指導および徹底したPMTCによる口腔衛生状態の改善後(初期治療後)に矯正治療を開始する方針としました。当時(2005年)は、矯正治療開始前の歯周組織検査をおこなっていなかったため歯周病のリスクは不明です。
■ 治療方針
上下顎歯列の前後的なずれ、叢生の改善、上顎前歯の突出による口唇閉鎖時の緊張感の改善のために上下顎左右第1小臼歯(4番)の抜歯をおこない、上顎の大臼歯は近心(前方)に移動しないように最大限の固定、下顎の大臼歯は積極的に近心に移動させるようにして上下歯列の前後的なずれを改善する(Angle class II をAngle class I にする)ようにしました。
抜歯部位を決定するにあたり上顎右側および下顎左側では抜歯部位の変更を以下の理由で検討しましたが最終的には変更をしませんでした。
上顎右側の抜歯部位について右上5番は短根であることから上顎右側の抜歯部位を右上4番→右上5番に変更することを検討しましたが以下の理由で変更せず上顎右側の抜歯部位を右上4番としました。
- 右側は臼歯関係が前後的なずれの大きいAngle class II であり動的治療期間中に上顎大臼歯が
予測より近心に移動すると咬合が安定しないため、上顎大臼歯の固定を最大とするために
抜歯部位は右上4番とした。 - 短根が動的治療後にさらに進む可能性も考えられたが、生涯にわたりメインテナンスを継続す
ることで保存は可能であると考えた。
下顎左側の抜歯部位について左下5番にインレーが装着されていたので下顎左側の抜歯部位を左下4番→左下5番に変更することを検討しましたが以下の理由により変更せず下顎左側の抜歯部位を左下4番としました。
- 左下4番の舌側咬頭が未発達であり左下5番を抜歯すると動的治療後にしっかりとした噛み合わ
せ(咬頭嵌合)が得られにくいと考えた。 - 左側は臼歯関係が軽度のAngle class II であるため大臼歯の移動量を上下で大きく差を付ける必要
がないため上下同名歯の抜歯が良いと考えた。 - 唾液検査の結果からむし歯のリスクが低いと考えられたのでインレーであってもメインテナンスをし
ていけば長持ちさせられると考えた。
動的治療期間は約30ヵ月、その後の保定期間(リテーナー装着期間)は約24ヵ月を予定しました。
■ 動的治療開始後の口腔内写真
■ 動的治療後の評価
動的治療期間は予測を超えて約35ヵ月かかりました。治療期間が予測期間より長くなってしまった理由は臼歯のAngle class II の改善に予想よりも時間がかかってしまったためと考えられました。
顔貌所見
前歯の後退により、口唇の突出感や緊張感は改善し自然な口唇閉鎖が可能となり審美的にも良好な側貌になりました。
口腔内所見
治療計画通り上顎大臼歯は最大限の固定によりあまり近心に移動させず、下顎大臼歯を積極的に近心移動したことで上下歯列の前後的な位置関係は改善し臼歯関係は左右対称なAngle class I になりました。上下顎歯列は左右対称のアーチ型となり、咬合平面は平坦化し前歯から臼歯まで歯の高さがそろい、咀嚼時に上下の歯が全体で同時に接触する安定した咬合関係を得ることができました。上顎前歯は後退し、上下歯列の叢生は改善され、過蓋咬合も改善されました。
むし歯や歯周骨の吸収、歯肉退縮の進行は認めませんでした。
X線写真所見
セファロのX線写真所見でも上顎大臼歯は固定され前歯が後退し、口唇の突出感が改善されていることがわかります(後述)。パノラマX線写真では右上5番の歯根吸収がわずかに進行したことが確認できました。第3大臼歯は埋伏したままで大きな位置の変化はありませんでした。
唾液検査結果
むし歯の原因菌は依然として少なく、歯の磨き残しは減少し、唾液分泌量は増加しう蝕のリスクは矯正治療開始前に比べて減少しました。
保定期間のメインテナンス計画
保定期間は動的治療期間に比べ来院間隔が3~4ヵ月に一度に開いてしまい動的治療期間中におこなっていたフッ素洗口の間隔も開いてしまいます。唾液検査結果ではフッ素の家庭での使用が不十分であったため、家庭での使用をしっかりとおこなっていただくように指示しました。また、ホワイトニングをおこないメインテナンスで歯の健康を維持するだけでなく歯の白さも改善し維持するようにしました。左右上6番、左下6番は修復物の不適合によりフロスが引っかかり、咬合の変化による咬合面形態の変更が必要と判断しましたので再修復としました。
■ ホワイトニング前
■ ホワイトニング後
■ 矯正治療完了後の評価
保定(リテーナーの装着)は約25ヵ月おこないました。
顔貌所見
動的治療後から明らかな変化はなく機能的・審美的に安定していました。
口腔内所見
保定期間を通してわずかに前歯の重なりは深くなりましたが、それ以外の問題は認められず保定装置を除去しても叢生や空隙の発生は認められませんでした。
X線写真所見
セファロの重ね合わせでも動的治療後に大きな変化はなく安定した状態です。パノラマX線写真でも第3大臼歯は変化していなかったのでこのまま経過観察する可能性が高いと考えています。
唾液検査結果
保定期間中のメインテナンスにより口腔衛生状態はより良好になりむし歯・歯周病のリスクはさらに減少しました。
■ 考察
本症例は上下歯列の前後的なずれを表すAngle class II を改善するために時間がかかり全体の治療期間が長くかかってしまったものの、抜歯をして矯正治療をおこない、歯並びや噛み合わせが安定し治療開始前に比べて口腔衛生状態が改善する当院での標準的な症例です。
矯正治療により歯並びが良くなるとむし歯や歯周病予防には効果的ですが、長期間に矯正装置を装着することで装置装着期間のむし歯歯周病リスクは上昇します。これらのリスクを放置したまま矯正治療を進めることで歯並びや噛み合わせが良くなることで得られるメリットを十分に得られていない症例にしばしば遭遇します。矯正治療をおこなう際にはメインテナンスを並行しておこない口腔衛生状態を良好に保ちむし歯と歯周病予防をおこないましょう。
また、矯正治療では保定期間中の後戻りが問題視されますが、適切な診断、適切な治療期間をかけた矯正治療では問題となるような明らかな後戻りはほとんど起こりません。後戻りが起こるということは治療方針自体に問題がある可能性があり、特に強引な非抜歯の矯正治療や短期間の矯正治療は著しい後戻りを起こすことがあります。このような場合では治療方針を一からやり直す必要があるため再治療のための治療期間や費用も含めた矯正治療に対する負担は膨大となります。矯正治療の良否は保定期間が終了するまで患者さんにはっきりとは解りませんが、その原因は治療開始前の診断にある場合が多いので耳障りの良い言葉に惑わされず担当医の診断をしっかりと理解して治療を開始することが大切です。
永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安
- 治療内容
- オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
- 治療に用る主な装置
- マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
- 費用(自費診療)
- 約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額 - 通院回数/治療期間
- 毎月1回/24か月~30か月+保定
- 副作用・リスク
- 矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。