下顎第2大臼歯の埋伏を伴う軽度叢生歯列症例
診断名:中立咬合 叢生歯列弓 下顎左右第2大臼歯埋伏
今回は、13歳の時に下顎左右第2大臼歯(下顎左右7番)の埋伏の改善を主訴に来院し、経過観察を経て上下顎第2小臼歯(上下顎左右5番)抜歯による矯正治療を行った患者Sさんについて解説します。
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■初診時
現症および主訴
お母様、お姉様が当院ですでに矯正治療を受けており、13歳の時点で歯並びは特に気にされていなかったのですが、第2大臼歯の埋伏について他院では治療が不可能だったため当院を受診されました。
顔貌所見
正貌において左右の非対称性を認めず、側貌において、口唇の突出感などを認めませんでした。
口腔内所見
臼歯関係はAngle class Iで上下顎歯列の前後的な位置関係に明らかな問題は認めず、叢生(歯のでこぼこ)も軽度でしたがわずかに上顎前歯が挺出し過蓋咬合を認めました。上顎左右第2小臼歯(上顎左右5番)の頬舌的な180度捻転、下顎左側第2小臼歯(下顎左側5番)の90度捻転を認めました。下顎左右第2大臼歯(下顎左右7番)は口腔内に萌出していませんでした。
X線写真所見
側面頭部X線規格写真(セファロ)により、上顎骨と下顎骨の前後的な位置関係に明らかな不調和は認めないものの、パノラマX線写真では下顎左右7番がほぼ水平に埋伏しており、さらに親知らず(下顎左右8番)の歯胚を認めました。
唾液検査・歯周組織検査
唾液検査では、歯の磨き残しが多く、むし歯の原因菌であるミュータンス菌も多く、細菌により酸性に傾いた口腔内の環境を中和する唾液の緩衝能も低いという結果から、むし歯のリスクは高い傾向を認めました。歯周病のリスクである歯肉からの出血は第1大臼歯の隣接面を中心に認められ将来の歯周病に対してリスクがある事がわかりました。
経過観察方針
成長期にあり顎骨が成長により変化する可能性がある事、下顎左右7番の歯根が完成していない事、本人が矯正治療に対して決心がついていない事、むし歯のリスクが高く矯正装置を装着する事でさらにむし歯のリスクが高まる事などから、初診時の治療方針は、すぐに矯正治療を開始するのではなく7番の歯根形成および顎骨の成長確認のための経過観察としました。経過観察期間中は、むし歯・歯肉炎予防の指導を徹底して行いメインテナンスによりむし歯と歯周病のリスクを下げる事としました。
■動的治療開始時診断
16歳7ヵ月まで経過観察とメインテナンスを行い、再度検査・診断し動的治療を開始しました。
上下顎骨は前後的に成長し下顎左右7番の歯根は成長したものの依然として埋伏(下顎右側7番は一部萌出)したままだったため、下顎左右8番(親知らず)の抜歯を行い、その後に上下顎左右5番を抜歯して動的治療を開始しました。
治療方針は、前歯部の唇側傾斜、口唇の突出感を認めず、叢生も軽度である事、上下顎左右5番に捻転が認められることなどから抜歯部位は上下顎左右5番とし、前歯は積極的に後退せずに上下顎大臼歯を近心(前方)に移動しながら抜歯スペースを閉鎖する方針としました。動的治療期間は約30ヵ月と予想しました。
■動的治療開始時
過蓋咬合であるため下顎前歯部にはブラケットを装着せずに矯正治療を開始しました。下顎左右8番の抜歯後に7番の歯肉切除(開窓)を行い牽引用のブラケットを接着しました。
顔貌所見
口腔内所見
X線写真所見
開窓時口腔内所見
動的治療開始時
■下顎左右7番のコントロール
下顎左右5番抜歯スペースに6番を移動した事によって7番はある程度自然に萌出してきました。そこで7番にワイヤーを通し、コントロールを行いました。
■動的治療終了時
動的治療期間および保定期間
動的治療期間は予想の30ヵ月より長い37ヵ月かかってしまいましたが、この間の調整回数は33回、平均的な来院間隔は1.1ヵ月でした。途中でキャンセルや予約が入らない時期があり来院間隔が長くなってしまった事で治療期間が長くなってしまいましたが、診療回数は予定をわずかに超える回数で終える事が出来ました。保定期間は24ヵ月を予定し現在は保定中です。
顔貌所見
動的治療後の評価では、上下顎前歯の舌側傾斜などによる口唇の後退し過ぎ、前歯が下方に移動してガミースマイルになるなどの予想外の変化は起きず、口元の良好なバランスを保ちながら動的治療を終了することが出来ました。
口腔内所見
臼歯関係は左右ともにAngle class Iを維持し上下歯列の前後的な位置関係に問題がなく、前歯部の過蓋咬合も改善されすべての歯がバランスよく接触する咬合関係を得る事が出来ました。下顎左右7番も口腔内に萌出し上下顎で安定した咬合を得る事が出来ました。
X線写真所見
動的治療後の評価では、パノラマX線写真所見において、全顎的な歯根吸収や歯槽骨吸収などを認めませんでした。上顎左右親知らず(8番)の歯根とさらに上顎左側には過剰歯の存在が確認されました。
セファロX線写真の重ね合わせにより上顎前歯の歯軸傾斜は変化したものの、前歯部切縁(先端)の前後的な位置に大きな変化はなく、口唇の位置も変化がない事がわかります。上下顎左右5番の抜歯スペースは主に大臼歯の近心(前方)移動により閉鎖した事がわかりました。
動的治療前後の比較
■ う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較
う蝕のトータルリスク比較
う蝕のリスク合計は初診時唾液検査「16」→動的治療開始時「10」→動的治療終了時「12」と変化し、動的治療終了時に矯正装置を外した安心感からか歯の磨き残しが増えてリスクが上昇してしまいました。しかし、全体的にはSM菌は減少し安定し、唾液分泌量が増加し緩衝能も高くなりリスクが減少したので保定期間中により徹底したブラッシングの指導を行い、リスクをコントロールします。
歯周病のリスク比較
歯周病のリスク合計は初診時「4」→動的治療開始時「0」→動的治療終了時「5」と一旦下がった歯周病のリスクが上昇しました。矯正治療後に大臼歯を中心とした点状の歯肉出血が認められた事で歯肉炎と判断しリスクが上昇しています。これから、成人になり歯肉炎から歯周炎になるリスクが高まりますので保定期間中に歯周病予防の指導を徹底していく必要があると考えます。
PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)
- PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)
- BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)
- 4mm以上の歯周ポケット
(歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)
5分間刺激唾液分泌量の比較
5分間の刺激唾液量
う蝕と歯周病の合計リスクの変化
■ 考察
Sさんは、下顎左右第2大臼歯(7番)の埋伏を認める症例でした。現在、親知らず(第3大臼歯)の埋伏を認める方は約70%とも言われており、この原因は歯が大きくなっているものの顎骨が発達せずに小さくなっているからと考えられています。Sさんも顎骨に対して歯が大きく、第2大臼歯が完全に萌出する場合には八重歯などの叢生になるはずでしたが第2大臼歯が埋伏した事で叢生は軽度であったと思われます。Sさんのように、叢生などが顕著ではなく歯並びや噛み合わせに大きな問題がない症例では、埋伏している第2大臼歯を親知らずのように抜歯し小臼歯を抜歯しないとする事も検討できますが、小臼歯に比べて大臼歯の方が歯根が多く、歯冠も大きいので噛む力に耐える事が出来ます。また本症例では第2小臼歯(5番)が捻転していてそのままではきちんとした噛み合わせを創る事は困難でした。したがって第1選択としては小臼歯を抜歯して、埋伏している第2大臼歯を牽引する方針としました。
本症例では、第2大臼歯はある程度自然に萌出してくれた事でその後の治療がスムーズに進みました。これは、Sさんがまだ成長期にあり第2大臼歯が自然に萌出する力があったためと考えています。もし、Sさんがこの時期に矯正治療を行わず成人になって成長が終了した時期に牽引を開始しようとしても、同じ治療期間で同じ結果を得る事は出来なかったと思います。治療開始時としても適切だったと考えています。
今後は、上顎に埋伏している親知らず、過剰歯の抜歯を行い、メインテナンスを行いながらさらに口腔内の環境を改善し、加齢にともなうむし歯と歯周病のリスク増加に備え生涯にわたり歯を守り健康に過ごせるようにサポートしていきます。
永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安
- 治療内容
- オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
- 治療に用る主な装置
- マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
- 費用(自費診療)
- 約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額 - 通院回数/治療期間
- 毎月1回/24か月~30か月+保定
- 副作用・リスク
- 矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。