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症例紹介39/Kさん「上顎左側5番欠損 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎」

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上顎左側にブリッジが装着された下顎後退型の骨格性上顎前突
診断名:上顎左側5番欠損 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎

今回は、上顎左側5番をむし歯で失いブリッジを装着しその土台(支台歯)である6番の歯槽骨吸収を伴う骨格性の上顎前突症例であるKさんの症例について解説します。

■初診時

現症および主訴

初診時年齢36歳で来院。 他院で上顎左側のブリッジの審美的な改善を希望して受診した際に矯正歯科治療を勧められた事をきっかけに、ご自身で矯正歯科を探された結果、当院に来院されました。当院に来院する前にすでに他院の矯正歯科で相談を行っており外科矯正適応の可能性も説明されていました。

顔貌所見

正貌において顔貌の顕著な左右非対称性は認めず、側貌において顕著な下顎の後退感を認めました。口唇閉鎖時の口腔周囲軟組織の緊張感は顕著で前突感も認めました。

口腔内所見

臼歯関係はアングルの分類においてフルクラスIIで上顎6番が下顎6番の前方(近心)に位置していました。上顎前歯部の叢生が顕著で下顎前歯部の叢生は軽度でした。上下顎左右親知らず(8番)は萌出していました。上顎左側5番は欠損していて前後の4番、6番を支台歯としたブリッジが装着されており6番は失活歯で歯槽骨吸収は顕著でした。

初診時X線写真所見

セファロ(頭部X線写真線規格写真)において上下顎骨の前後的ズレを示すANBは+15°を示し、骨格的な上顎前突の傾向を認めました。パノラマX線写真においてあきらかな歯根の湾曲や吸収などは認められませんでしたが、下顎頭の劣成長および吸収を認めました。

初診時唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、歯の磨き残しは比較的少なく、むし歯の原因菌であるミュータンス菌も少ない傾向を認め、その他のリスクも低い事からむし歯のリスクは低いと考えられました。上顎左側6番頬側の歯槽骨吸収や上顎左側5番抜歯による歯槽骨の頬舌的な幅は少ないものの、深い歯周ポケットなどは認めませんでした。

■治療方針

矯正治療単独の方針と外科矯正の2方針を提案し、Kさんと相談して下顎頭の変形がある事などから外科手術後の後戻りのリスクも説明し矯正単独の方針としました。矯正単独の方針では、臼歯関係がアングルフルクラスIIであるため上顎の抜歯部位を右側4番、6番、左側はブリッジを除去して5番、6番、下顎は左右ともに5番、8番としました。動的治療期間は36ヵ月を予定しました。

■動的治療開始時

上顎右側4番、左側ブリッジを切断して6番を抜歯、下顎は左右5番を抜歯して矯正治療を開始しました。

■動的治療終了時

顔貌・口腔内所見

動的治療後の評価では、治療計画通り抜歯スペースにより叢生の改善、上顎左右6番を抜歯したスペースは7番8番の近心移動と前歯の後退により閉鎖されました。下顎の回転は起きなかったものの下顎骨がわずかに後退しました。下顎の後退感に明らかな改善は認められませんでしたが、口唇の突出感や口唇閉鎖時の緊張感には改善を認めました。

X線写真所見

動的治療後の評価では、パノラマX線写真において歯根平行性にあきらかな問題は認められませんでした。デンタルX線写真において前歯部の歯根吸収を認めました。セファロX線写真においても動的治療により下顎骨の回転は認められず、動的治療に伴い上顎前歯が後退し、その結果口唇が後退し緊張感が改善した事が確認できました。

保定期間中の口腔内写真

動的治療前後の比較

■ う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較

う蝕のリスク評価としてカリオグラムを行っています。カリオグラムは、歯科先進国スウェーデンのスウェーデン王立マルメ大学う蝕予防学教室のグンネル・ペターソン博士によって開発され、その予後の妥当性について多くの論文で評価されて信頼度の高いう蝕リスク診断プログラムです。

歯周病のリスク評価としてOHISを使用しています。OHISは歯科先進国アメリカのワシントン大学歯学部教授ロイ・C・ページ先生を中心とした歯周病専門医のグループによって開発されて歯周病のリスク診断プログラムです。

う蝕のリスク比較

う蝕のリスクは初診時「7」→動的治療終了時「6」と大きなリスクの変化はなくリスクの低い状態が維持されました。また、カリオグラムによる1年以内にう蝕を避ける可能性は初診時「72%」→動的治療終了時「72%」の高い状態で安定していました。 むし歯の原因菌のスコアは初診時より上昇しましたが、フッ素の使用や唾液の緩衝能が上昇したことによってリスクがコントロールされていました。

初診時カリオグラム

動的治療終了時カリオグラム

カリオグラムによる「う蝕を避ける可能性」の変化

*う蝕を避ける各リスクは変化しているもののトータルとしてのリスクは変化しなかった

歯周病のリスク比較

歯周病のリスクは初診時「6」→動的治療終了時「5」に変化し減少しましたが、OHISでは病状が初診時「6」→動的治療終了時「10」、リスクが初診時「2」→動的治療終了時「3」に上昇しました。これは、矯正治療により歯がきれいに並んだ事、動的治療終了時のX線写真が初診時より精度の高いものに変わったため歯槽骨の変化が正確に捉えられるようになり、骨の変化がはっきりした事で歯周病のリスクが上昇したと考えられました。

OHISでのリスク変化

PCR、BOP、4mm以上のポケットの比較

・PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)
・BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)
・4mm以上の歯周ポケット(歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)

5分間刺激唾液分泌量の比較

考察

本症例はANB15°と骨格的な上顎前突症であり、上下歯列の前後的なズレも大きい症例だったため手術による治療の検討も必要でした。しかし外科手術は入院の負担や後戻りのリスクなども考慮し希望されなかったことで骨格的なズレを残したまま歯並びと噛み合せを改善するために上顎は大臼歯の抜歯が必要になる症例でした。

そして、上顎左側臼歯部にブリッジが装着されていて、本来であれば上顎左側4番と大臼歯のいずれかを抜歯したいところ、既に欠損している5番を抜歯部位とし、失活歯であり歯槽骨の吸収も進んでいる6番を抜歯することで矯正治療後の歯の寿命を長くする事を考えました。左側を6番抜歯としたことで右側も6番抜歯とし臼歯は左右対称の抜歯部位としました。上顎左側は5、6番の抜歯となることで歯槽骨の高さが減少して移動してきた7番の歯肉退縮が懸念されましたが、大きな問題にならず安定した点は予想よりも良い結果と考えられます。

むし歯と歯周病のリスク検査の結果、それほどリスクが高くない症例であったにもかかわらず早い段階で上顎左側5番は抜歯になり、4番と6番は削られてブリッジになり歯の寿命を短くしています。矯正治療により5番の抜歯スペースや将来の脱落リスクが高い6番を抜歯する事ができましたが、依然として治療経験のある歯(削ったことのある歯)は14本あり、今後メインテナンスを行っていったとしても再治療のリスクは高く、その際の負担は大きいものと思われます。Kさんの生涯においてもっと早い時期にリスク検査が行われていれば、このような負担を強いられることはなかったかと思うと残念でなりません。Kさんは矯正歯科治療の相談をきっかけに私たちの考えを理解してくれ、現在では娘さんをメインテナンスに通わせてくれるようになり、お嬢様の永久歯はまだむし歯のない状況を維持しています。これからは、Kさんのお口の中だけでなくご家族のお口の健康を守り、生涯にわたって自分の歯で噛める健康を提供したいと考えています。

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