初診時の診断:「開咬合 両突歯列 叢生歯列」
今回は、上下の前歯が突出(唇側に傾斜)し乱杭歯(叢生)になりながら開咬を呈ししているEさんの症例解説をおこないます。
■初診時
現症および主訴
前歯の開咬によりものが噛み切れないことおよび前歯(側切歯)の乱杭歯(叢生)と突出感を気にされて当院を受診されました。初診時21歳。
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顔貌所見
正貌における明らかな非対称性は認められませんでした。口唇閉鎖時の口唇周囲軟組織の突出感および緊張感は顕著に認められました。
口腔内所見
上下歯列の前後的なズレは顕著ではないものの、前歯部に開咬を認めました。上下顎前歯部に唇側傾斜および叢生を認めます。下顎第2大臼歯遠心部は僅かに歯肉に埋伏しています。下顎切歯には切縁結節が認められることから、永久歯萌出後(6歳から検査時まで)に上下の前歯は咬合していないことが推測されました。口腔衛生状態は不良で歯石の沈着や歯肉が赤く腫れる歯肉炎を認めました。
X線写真所見
頭部X線規格写真(セファロ)により、上顎骨に対して下顎骨がやや後方に位置していること、下顔面骨格に対して下顔面軟組織が短く長さが不足していること、上下顎前歯の唇側傾斜により口唇突出していることが分かりました。
パノラマX線写真により上顎左右親知らずの埋伏、下顎右側親知らずの埋伏を認めました。
唾液検査・歯周組織検査
唾液検査では、むし歯の原因菌であるミュータンス菌やラクトバチラス菌はあまり検出されず唾液の分泌量も比較的多いのでむし歯のリスクは低くむし歯の予防は通常の対応で充分に可能であると思われました。歯周組織検査において局所的に歯肉からの出血があることがわかりました。特に歯と歯の間にプラークが蓄積していること、歯の裏側から出血していることがわかりました。
特記事項
左側の顎関節に疼痛の既往(高校生の頃)がありましたが、検査時に明らかな異常は認めませんでした。
■治療方針
診断は 開咬合・両突歯列(上下顎前突)・叢生歯列としました。
開咬の最大の原因は、前歯が唇側に傾斜していること、それに加えて噛む力が弱いこと、舌を突出させる習癖、唇を閉じる力が弱いことなど多因子によるものと考えました。上下顎前歯の唇側傾斜および叢生の形態的な原因は、顎骨に対して歯が大きすぎることで歯が並びきらないことでした。そこで上下顎左右小臼歯を抜歯することで歯列内にすき間をつくり叢生の改善と前歯の後退をおこない口唇の突出感を改善しながら治療する方針としました。前歯を後退させる際に、舌突出癖は歯列の位置に合わせて適応し改善する可能性が高いと考えましたが改善しないようであれば舌の習癖トレーニング(MFT)を、噛む力が弱く下顎骨が回転して下顔面高が大きくなる場合や前歯が十分に下げられないと考えた場合にはアンカースクリュー(インプラントアンカー)を使用する、前歯を後退して開咬の改善ができない場合には顎間ゴムを使用して開咬を改善する治療計画としました。歯を動かす動的治療期間は約30ヵ月と予想しました。
矯正治療開始前に、むし歯と歯周病の予防方法やメインテナンスの重要性を説明し、徹底したPMTC(歯科衛生士による歯面クリーニング)、スケーリングによる歯石除去、フッ素の使用法やブラッシング方法の指導などを中心とした家庭での口腔衛生管理方法の改善のための初期治療をおこない、むし歯と歯周病のリスクが減少したことを確認してから矯正治療を開始することとしました。矯正治療中もリスクが再度上昇する可能性が高いので毎回のワイヤー調整時に上下のワイヤーを外して全顎的に歯肉縁上縁下のバイオフィルムを除去するためのメインテナンスをおこなうこととしました。
■動的治療開始時
初期治療後に再評価をおこない、歯の磨き残しがほとんどなくなり、歯肉からの出血もなくなり、家庭でのフッ素使用も可能となったので、上下顎左右第1小臼歯(上下左右4番)の抜歯をおこなってから上下顎に矯正装置を装着して治療を開始しました。
動的治療開始時
■ 治療結果
動的治療期間および経過
実際にかかった動的治療期間は約30ヵ月、平均的な来院間隔は1.0ヵ月で来院回数は31回でした。無断キャンセルなどはなく歯の移動は平均的であったため予想通りの治療期間で動的治療を終えることができました。
上下顎前歯の後退により開咬は改善されてきたため、MFTはおこなわず、顎間ゴムは4ヵ月しか使用しませんでした。アンカースクリューは本人が希望されなかったこと、下顔面高が大きくなる傾向を認めなかったので使用しませんでした。
顔貌所見
上下顎前歯の後退により口唇の突出感は減少され、側貌においてElineの内側に口唇が入る様になりました。口唇閉鎖時の緊張感も減少し自然に口が閉じられる様になりました。
口腔内所見
上下歯列の抜歯スペースは閉鎖され、開咬は改善され、上下歯列の正中は一致し、上下の歯がバランスよく噛めるようになりました。
X線写真所見
パノラマX線写真所見では、明らかな歯根吸収や歯槽骨吸収などを認めず歯根もほぼ平行に配列されています。上顎左右に埋伏していた親知らずは、動的治療期間中に抜歯し、下顎右側の親知らずは抜歯していません。
セファロX線写真の重ね合わせにより上下顎前歯が後退し上下口唇の突出感が改善し側貌における硬組織と軟組織のバランスが改善していることがわかります。下顎骨の回転により下顔面高が大きくなるような変化も認められませんでした。
初診時 動的治療後の比較 (初診時 VS 動的治療終了時)
う蝕のトータルリスク比較
う蝕のトータルリスクは初診時の「8」から動的治療終了時「5」に減少しました。これはPMTCや歯石除去、フッ素塗布やフッ素洗口を診療室で矯正治療の度におこなったことでミュータンス菌が減少したこと、よく噛める様になったことで唾液の緩衝能(むし歯菌により口腔内が酸性になった状態から中和する力)が上昇したことによるものと思われました。
歯周病のトータルリスク比較
歯周病のトータルリスクは初診時の「6」から動的治療終了時の「3」に減少しました。定期的に当院でのメインテナンスを受けていただいたこと、この結果歯肉からの出血がほとんど認められないことでリスクが減少しました。
PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)
ホワイトニング前後の比較
■ 考察
本症例は、開咬(開咬合)であり下顎前歯に切縁結節があることから小児期から開咬の状態が続き食べものをしっかり噛まずに飲み込む習慣がついていると予想されました。矯正歯科治療は、主にワイヤーの弾性を利用して歯をきれいに並べる治療ですが、歯の移動はワイヤーの力だけではなく患者さんの噛む力も大いに利用してより噛み易い位置に誘導していますので、噛む習慣のついていない開咬症例は難易度の高い症例です。また、開咬症例では咀嚼がきちんとされないために唾液の流れが悪く、唾液により自然に歯をきれいにする自浄作用が機能しづらく口腔衛生状態も低下します。本症例でも矯正治療開始前の検査では、歯の磨き残しが多く、歯肉からの出血も多い状態でした。しかし、Eさんが検査結果や衛生士による歯磨き指導を真摯に受け止め協力していただいたことで口腔衛生状態を改善することができ、矯正治療中も治療に協力的で、歯磨きをがんばってくれたおかげでむし歯や歯周病を進行させることなく動的治療を終えることができました。
本症例では、歯が後退して開咬が改善したことにより長期の顎間ゴムやアンカースクリューを使用せずにEさんの負担が最小限に開咬の改善ができたと考えています。このように開咬の原因は舌癖や噛む力が要因の一つとなるものの顎骨に対する歯の大きさが大きな要因と考えられます。したがって、本症例を叢生の程度が小さいからといって非抜歯で治療してしまえば口唇の突出感が改善できないだけではなく矯正治療中に開咬になり易く、治療中は長期間にわたり顎間ゴムの使用が必要になり、動的治療後の後戻りも高い確率で起きてしまうと考えました。
動的治療終了時の検査では、動的治療開始前の初期治療終了時(再評価時)よりも磨き残しが増えていましたが、再度検査結果を説明し動的治療により歯並びが良くなった後でも歯と歯の間や最後方歯の後ろ側に磨き残しが残ってしまうことを理解してもらい衛生士による徹底したクリーニングと歯磨き指導等をおこなったため現在の口腔衛生状態は非常に良好な状態に改善されました。
また、動的治療後に歯の色が少し黄ばんでいました。成人の歯は経時的に着色し黄ばんできますので動的治療後に歯はきれいに並んでいるものの歯の色に満足されない患者さんもいらっしゃいます。当院では、動的治療が終了しその後の衛生士による動的治療後の再初期治療も終了して口腔衛生状態の良好な方にはホワイトニングを無料で2回まで提供しています。Eさんも口腔衛生状態が良好になったため、ホワイトニングを2回おこない白い歯、きれいな歯並び、よく噛めるかみ合わせになりました。
永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安
- 治療内容
- オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
- 治療に用る主な装置
- マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
- 費用(自費診療)
- 約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額 - 通院回数/治療期間
- 毎月1回/24か月~30か月+保定
- 副作用・リスク
- 矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。